2014-11-10 (Mon)
20:53
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保険相談に行くと、とにかく不安を煽られる。『入院って負担が大きいんですよ、このパンフの事例を見ても・・・。だから備えておかないと。』、『ガン保険って大事ですよ、私の親戚に・・・。だから備えておかないと。』なんて具合だ。
なぜ不安を煽るのだろうか。その目的は、入院やガンの恐怖を私たちに『イメージ』させるためだ。
『イメージ』は重要だ。イメージは、統計やデータを超越する。あなたは、そんな『イメージのワナ』にハマってはいないだろうか。
◆イメージのワナ
『イメージのワナ』は、人間はイメージし易いものを選好してしまうというワナだ。
このワナはただ単純にイメージし易ければ選好しまう。だから、たとえ特異な事例であっても、それがイメージし易ければその事例が普遍的なものであるかのように錯覚する。
例えば、アメリカ同時多発テロのような悲惨な航空機事故を見れば、それが特異な事例であるにも関わらず、事故の記憶が薄れるまで飛行機を危険な乗り物とみなす。『今年の旅行は飛行機を使わないで済む範囲にしようかな』といった具合だ。
でも、あなたは、飛行機や車、新幹線の死亡事故率を調べない。ここ10年で国内死亡事故がゼロ件の大型旅客機を選ばずに、自動車に乗りたがる。10年間で2万人近くが死亡した自動車に。
また、東日本大震災の後に、地震保険の加入率が大幅アップしたことも好例だ。東日本大震災の前と後で、大地震の発生確率が上昇したわけではない。それなのに、地震保険の加入率がアップした。
これは、先の震災が我々の抱く地震のイメージを一回り、いや二回りは強化したからだ。大地震を身近なリスクに昇華した。
他にも、このワナのせいで色々なものが歪んで見える。政治家はみんな悪徳代議士に見えるし、中国製品はみんな粗悪だと思う。偶然当たった占い師を本物だと思うし、写真1枚で幽霊やUFOが存在するかもしれないと思う。
かくいう私も『イメージのワナ』にハマっていたことを最近実感した。
男性にとって、いや少なくとも私にとって、人工妊娠中絶はイメージし難いものだ。イメージし難いからこそ、中絶の件数はずっと少ないと思っていた。具体的には、自殺者数よりは少ないと思っていた。
しかし、事実は違った。平成24年度の中絶件数は約20万件で、同年の死因2位である『心疾患』(男女計)に匹敵するほどだったのだ。ちなみに『自殺』は7位で約3万人だ。
私は後悔した。今まで『中絶』問題について考えたことがなかったからだ。命の観点からは、『自殺』問題よりも『中絶』問題のほうが7倍重い。7倍考えるべきだし、自殺対策の7倍の国家予算が付くべきだと思う。何せ、中絶理由のほとんどが強姦や胎児異常、母体保護ではなく経済的理由だから。
『自殺』はセンセーショナルに報道される。『俳優Aが自殺』、『容疑者Bが自殺』、『年間自殺者数、最多を更新』、『人身事故で何々線が大幅遅れ』などなど。でも『中絶』は違う。報道なんて滅多にない。
私は、イメージしやすい『自殺』にばかり注目し、イメージし難い『中絶』を軽んじていた。このような例が自分の中にまだまだ潜んでいるかと思うと、悲しくなる。イメージは信用するに値しないのだと、私は確信した。
◆保険の世界での活用例
さて、保険の世界で『イメージのワナ』はどのように活用されているだろうか。保険販売員になったつもりで考えてみよう。
まず、このワナに客をハメるためには、保険金を受け取るというイメージし難い状況を、イメージし易い状況に変えてやればいい。さぁ、何が出来るだろうか。
例えば、こんな情報をパンフに載せればいい。がん保険なら『2人に1人はガンになる』、医療保険なら『給付金受取例 -事故で骨折、20日間入院』なんて具合だ。
これでガンも入院もグッとイメージし易くなる。間違っても『糸球体疾患で20日間入院』なんて例は挙げてはならないし、パンフに載るハズもない。客がイメージ出来やしない。
また、パンフを見た客が昔の記憶を思い出したら万々歳だ。『そういえば親戚のおじさんがガンだったっけ』、『そういえば友達が事故って何週間も入院したことがあったっけ』、これでガンも入院も身近なリスクだ。
保険販売員の仕事はここからだ。パンフを見せた後に、客のイメージを更に後押ししてやればいい。誰だって、親戚や知人の1人や2人はガンや入院を経験している。
保険販売員はそのときのエピソードを語ればいい。脚色したって創作したって客には分かりやしない。素晴らしい保険を世に広めるためには嘘も方便だ。
ガンがどれだけ恐ろしいか、入院がどれだけ恐ろしいかのイメージを植え付ければいい。本当は、上皮内ガンなどの軽いガンや、1週間程度の入院に保険なんぞは必要ないが、そんな話をする必要はない。
全てのガンは恐ろしい、全ての入院は恐ろしい、全ての政治家は悪徳代議士、これでいい。
◆ワナの回避方法
『イメージのワナ』を避けるのは簡単だ。イメージは信用に値しない。イメージは無視してデータを信用すればいい。
例えば、あなたの父方の祖父母の両方がガン経験者だからってガン保険に加入するのは早計だ。2人に1人はガンになるのだから何ら驚くに値しない。
更に母方の祖父母も加えて4人がガン経験者でも驚くに値しない。なぜなら16分の1の確率で起きることだからだ。コイン投げで4回連続の『表』が出ても大騒ぎする人はいない。
4回連続の『表』が出たとしても、5回目に『表』が出る確率は2分の1だ。あなたがガンになる確率もこれと同じだ。あなたの祖父母全員がガンでも、あなたがガンになる確率は結局2分の1なのだ。
なぜなら、『遺伝するガン』は全体のたった5%以下と言われているからだ。親族のガンが遺伝性の高い部位に集中していたりしない限り、『自分はがん家系なんだ』と恐れおののく必要はない。
むしろ、がんになる要因としては食生活や肥満、喫煙のほうが遥かに関係大なのだから、遺伝子を気にする以前にそちらを気にするべきなのだ。
このように基本的に保険選びにおいて、個別の事例は必要ない。保険販売員や自分の親戚に、ガン患者が居ようが、入院患者が居ようが、関係ないのだ。イメージに惑わされてはいけない。
私たちに必要な情報は、統計的な情報だ。治療費や入院期間、減収割合にその期間、罹患リスクの割合に分布、そして自らが保障すべきと考える範囲を良好な費用対効果で備えることができる保険があるかないか。ただ、それだけだ。
参考書籍:『なぜ、間違えたのか? 誰もがハマる52の思考の落とし穴』(著:ロルフ・ドベリ、訳:中村智子、2013年サンマーク出版)
参考:中絶数について「平成24年度衛生行政報告例の概況(厚労省)」、死因について「平成24年人口動態統計(厚労省)」、自動車事故死者数について「平成25年中の交通死亡事故の特徴及び道路交通法違反取り締まり状況について(警察庁)」、航空機事故死者数について「航空事故の統計-発生年別事故件数(2014年8月29日現在)(運輸安全委員会)」、中絶理由について「wikipedia ― 人工妊娠中絶 ― 中絶理由」、がんの要因等について「国立がん研究センター「人のがんにかかわる要因」」
なぜ不安を煽るのだろうか。その目的は、入院やガンの恐怖を私たちに『イメージ』させるためだ。
『イメージ』は重要だ。イメージは、統計やデータを超越する。あなたは、そんな『イメージのワナ』にハマってはいないだろうか。
◆イメージのワナ
『イメージのワナ』は、人間はイメージし易いものを選好してしまうというワナだ。
このワナはただ単純にイメージし易ければ選好しまう。だから、たとえ特異な事例であっても、それがイメージし易ければその事例が普遍的なものであるかのように錯覚する。
例えば、アメリカ同時多発テロのような悲惨な航空機事故を見れば、それが特異な事例であるにも関わらず、事故の記憶が薄れるまで飛行機を危険な乗り物とみなす。『今年の旅行は飛行機を使わないで済む範囲にしようかな』といった具合だ。
でも、あなたは、飛行機や車、新幹線の死亡事故率を調べない。ここ10年で国内死亡事故がゼロ件の大型旅客機を選ばずに、自動車に乗りたがる。10年間で2万人近くが死亡した自動車に。
また、東日本大震災の後に、地震保険の加入率が大幅アップしたことも好例だ。東日本大震災の前と後で、大地震の発生確率が上昇したわけではない。それなのに、地震保険の加入率がアップした。
これは、先の震災が我々の抱く地震のイメージを一回り、いや二回りは強化したからだ。大地震を身近なリスクに昇華した。
他にも、このワナのせいで色々なものが歪んで見える。政治家はみんな悪徳代議士に見えるし、中国製品はみんな粗悪だと思う。偶然当たった占い師を本物だと思うし、写真1枚で幽霊やUFOが存在するかもしれないと思う。
かくいう私も『イメージのワナ』にハマっていたことを最近実感した。
男性にとって、いや少なくとも私にとって、人工妊娠中絶はイメージし難いものだ。イメージし難いからこそ、中絶の件数はずっと少ないと思っていた。具体的には、自殺者数よりは少ないと思っていた。
しかし、事実は違った。平成24年度の中絶件数は約20万件で、同年の死因2位である『心疾患』(男女計)に匹敵するほどだったのだ。ちなみに『自殺』は7位で約3万人だ。
私は後悔した。今まで『中絶』問題について考えたことがなかったからだ。命の観点からは、『自殺』問題よりも『中絶』問題のほうが7倍重い。7倍考えるべきだし、自殺対策の7倍の国家予算が付くべきだと思う。何せ、中絶理由のほとんどが強姦や胎児異常、母体保護ではなく経済的理由だから。
『自殺』はセンセーショナルに報道される。『俳優Aが自殺』、『容疑者Bが自殺』、『年間自殺者数、最多を更新』、『人身事故で何々線が大幅遅れ』などなど。でも『中絶』は違う。報道なんて滅多にない。
私は、イメージしやすい『自殺』にばかり注目し、イメージし難い『中絶』を軽んじていた。このような例が自分の中にまだまだ潜んでいるかと思うと、悲しくなる。イメージは信用するに値しないのだと、私は確信した。
◆保険の世界での活用例
さて、保険の世界で『イメージのワナ』はどのように活用されているだろうか。保険販売員になったつもりで考えてみよう。
まず、このワナに客をハメるためには、保険金を受け取るというイメージし難い状況を、イメージし易い状況に変えてやればいい。さぁ、何が出来るだろうか。
例えば、こんな情報をパンフに載せればいい。がん保険なら『2人に1人はガンになる』、医療保険なら『給付金受取例 -事故で骨折、20日間入院』なんて具合だ。
これでガンも入院もグッとイメージし易くなる。間違っても『糸球体疾患で20日間入院』なんて例は挙げてはならないし、パンフに載るハズもない。客がイメージ出来やしない。
また、パンフを見た客が昔の記憶を思い出したら万々歳だ。『そういえば親戚のおじさんがガンだったっけ』、『そういえば友達が事故って何週間も入院したことがあったっけ』、これでガンも入院も身近なリスクだ。
保険販売員の仕事はここからだ。パンフを見せた後に、客のイメージを更に後押ししてやればいい。誰だって、親戚や知人の1人や2人はガンや入院を経験している。
保険販売員はそのときのエピソードを語ればいい。脚色したって創作したって客には分かりやしない。素晴らしい保険を世に広めるためには嘘も方便だ。
ガンがどれだけ恐ろしいか、入院がどれだけ恐ろしいかのイメージを植え付ければいい。本当は、上皮内ガンなどの軽いガンや、1週間程度の入院に保険なんぞは必要ないが、そんな話をする必要はない。
全てのガンは恐ろしい、全ての入院は恐ろしい、全ての政治家は悪徳代議士、これでいい。
◆ワナの回避方法
『イメージのワナ』を避けるのは簡単だ。イメージは信用に値しない。イメージは無視してデータを信用すればいい。
例えば、あなたの父方の祖父母の両方がガン経験者だからってガン保険に加入するのは早計だ。2人に1人はガンになるのだから何ら驚くに値しない。
更に母方の祖父母も加えて4人がガン経験者でも驚くに値しない。なぜなら16分の1の確率で起きることだからだ。コイン投げで4回連続の『表』が出ても大騒ぎする人はいない。
4回連続の『表』が出たとしても、5回目に『表』が出る確率は2分の1だ。あなたがガンになる確率もこれと同じだ。あなたの祖父母全員がガンでも、あなたがガンになる確率は結局2分の1なのだ。
なぜなら、『遺伝するガン』は全体のたった5%以下と言われているからだ。親族のガンが遺伝性の高い部位に集中していたりしない限り、『自分はがん家系なんだ』と恐れおののく必要はない。
むしろ、がんになる要因としては食生活や肥満、喫煙のほうが遥かに関係大なのだから、遺伝子を気にする以前にそちらを気にするべきなのだ。
このように基本的に保険選びにおいて、個別の事例は必要ない。保険販売員や自分の親戚に、ガン患者が居ようが、入院患者が居ようが、関係ないのだ。イメージに惑わされてはいけない。
私たちに必要な情報は、統計的な情報だ。治療費や入院期間、減収割合にその期間、罹患リスクの割合に分布、そして自らが保障すべきと考える範囲を良好な費用対効果で備えることができる保険があるかないか。ただ、それだけだ。
参考書籍:『なぜ、間違えたのか? 誰もがハマる52の思考の落とし穴』(著:ロルフ・ドベリ、訳:中村智子、2013年サンマーク出版)
参考:中絶数について「平成24年度衛生行政報告例の概況(厚労省)」、死因について「平成24年人口動態統計(厚労省)」、自動車事故死者数について「平成25年中の交通死亡事故の特徴及び道路交通法違反取り締まり状況について(警察庁)」、航空機事故死者数について「航空事故の統計-発生年別事故件数(2014年8月29日現在)(運輸安全委員会)」、中絶理由について「wikipedia ― 人工妊娠中絶 ― 中絶理由」、がんの要因等について「国立がん研究センター「人のがんにかかわる要因」」
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Last Modified : 2014-11-10